読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

どさんこカメラ

北海道各地で撮った写真を掲載します。

日本で最初のホワイトチョコレート。六花亭。

北海道チョコレートの旅

チョコレートを巡る旅。今回は「六花亭」のホワイトチョコです。

 

何でホワイトチョコをわざわざチョイスしたかというと、

日本で初めてホワイトチョコレートを発売したのが六花亭だから。

 

f:id:tamayoshi:20161111224419j:plain

おなじみ、坂本直行さんの花の絵がいいですね。

f:id:tamayoshi:20161111224336j:plain

北海道ミルクたっぷりのチョコ。なめらかでおいしい。

 

 

 

千秋庵と六花亭の意外なつながり

札幌で「ノースマン」などを発売している千秋庵というお菓子屋さんがあるんだけど、

dosanko-camera.hatenablog.com

その千秋庵の店舗から、1957年にのれん分けとして独立した「帯広千秋庵」が六花亭の前身なんだ。

帯広千秋庵時代、当時経営者だった故 小田豊四郎さんが次々にオリジナル商品を開発。今でも六花亭で売っているモナカ「ひとつ鍋」も帯広千秋庵だった時代に誕生したんだよ。

六花亭 ひとつ鍋 (6個入)

六花亭 ひとつ鍋 (6個入)

 

ひとつ鍋は、十勝開拓時代に詠まれた句「開墾のはじめは豚とひとつ鍋」に由来する名前なんだけど、当時は地域の特色を出したお菓子というものはあまりなかった。だからこのコンセプトが当たってお菓子の売れ行きは好調だったんだって。

今でも売られている郭公の里、大平原なんかも千秋庵時代にできたお菓子なんだよ。

六花亭 大平原 6個入

六花亭 大平原 6個入

 

 

 

ホワイトチョコレートの誕生

そんな中、1967年に小田さんは海外研修先であるスイスで、初めてホワイトチョコレートに出会うんだ。

世界的に見ると、1930年代にはネスレがヨーロッパでホワイトチョコを発売しているし、アメリカでも1950年代には商品化されている。でも60年代になっても日本にはまだホワイトチョコレートってものが無かったんだね。

そんなことだから、日本にはホワイトチョコを造る機械設備も知識もない。でも小田さんは、北海道の雪のイメージにもホワイトチョコはぴったりだって事で何とか成功させたかったんだって。

で、試行錯誤の末、1967年ついにホワイトチョコレートの製造が開始されたんだよ。

 

ところが数々のヒット商品やホワイトチョコレートの成功とともに、親会社との問題が浮上してきたんだね。ついに小田さんは千秋庵という名前とさよならして、1977年「六花亭」に改名したんだ。

 

このホワイトチョコレート人気に拍車をかけたのが、かつて日本に生息していた「カニ族」。知ってる?

今でいうバックパッカーのことで、横型の大きなリュックを背負って旅行する姿がカニに見えたからこう呼ばれたんだよ。

1970年代、北海道へのある種の「あこがれ」をもった若きカニ族たちが、ディスカバージャパン!を合言葉にぞくぞくと北の大地にやってきたんだね。

当時カニ族の中で、「愛国から幸福行きの国鉄のチケット」と同レベルで人気だったのが「六花亭のホワイトチョコレート」だったそうで口コミであっという間に人気が広がり、類似品まで出回ったそうです。

ん?「愛国から幸福行きの国鉄のチケット」とは何か?知らない人もいるかと思いますが70年代に大学生くらいだったおじさんに聞いてみましょう。

 

そんなカニ族も国鉄の財政難のあおりを受け、その足である鉄道ダイヤの縮小、周遊券の廃止を受けて消滅。ホワイトチョコレートの評判だけが残ったのでした・・。

f:id:tamayoshi:20161111224507j:plain

 チョコレートからカニの話になってしまったけど

六花亭のおかげで我々は今日もおいしいホワイトチョコが食べられるのです。ありがとうございます。

 

 

ホワイトチョコの他にもいろんな味があります。モカホワイトやビターもおすすめ。

六花亭 チョコレート5枚入

 幼心にこのチョコレートはおいしいな。と、思えば、初めてそんなことを感じたのは六花亭のチョコなのでした。