どさんこカメラ

北海道各地で撮った写真を掲載します。

僕にとっての、ブログと写真。

ここ数日カメラもブログも手につかなかった僕ですが、「結局他人にとってどうでもいいことを書くのがブログだなあ」という境地にたどり着いたので、今日はそのことを、読み手を無視して思いつくまま、長々と書きたいと思います。

たぶんこの手の文章は、二度と書かない。

 

 

ブログの話

 

今日で、この「どさんこカメラ」を始めてから3年になります。

正直に言うと、ブログを始める前は、ブログというサービスが嫌いでした。なぜなら良質なブログに出会っていなかったからです。誤解していたからです。

10年くらい前って、ネットに興味のない人にとっては、ブログ?芸能人がやってるあれね。みたいな感じでしたよね。僕は、個人的な主義主張を全世界に発信して何が面白いんだろう?と思っていました。たぶん、有名人とファンの人だけで出来ている閉じた世界なんだなと。

ブログというツールに興味がないと、そこがどんな世界か、奥に入って調べようとは思わないですよね。だから、僕も表面的な場所だけちょちょっと覗いて、今日はみんなで鍋パです🌸 みたいな文書に辟易していたわけです。何が面白いんだと。

そこで何年も止まってしまったので、「面白いブログ」には出会えませんでした。探そうともしなかった。

そもそも誘われてブログを始めたわけですが、どのブログサービスを使うかという話になって「はてなブログ」を覗いてみました。すると、面白いブログだらけだったんですよ・・

 

僕はカメラや写真が好きだったので、その辺の界隈のブログもたくさん見つけました。え、こんなに、まじめに、楽しく、自由に、カメラや写真についてみんなやってるんだ。

僕の周りには同じ趣味の人がいなかったから、なんだか嬉しかった。何年も無人島にいて、ずっと一人だと思ったら、森の奥から人が出てきた!しかもきちんとした人じゃん!みたいな。

同時に、ブログって面白いと思った。

 

それから、ブログを始める少し前、すてきな写真ばかりの気になっていたブログが、たまたまはてなブログだったので、ここでブログを始める敷居はかなり低くなっていました。

 

なので現時点でこうやって、ブログ嫌いな僕がここで書いているのは、とても不思議。3年前は考えられない。生きていると不思議なことも起こりますね。

皆さんの面白いブログの数々、体験した事、行った場所。もしブログを始めていなかったら、これらのものはごっそり僕の人生から抜け落ちてるわけで、それはとても恐ろしい事です。たぶん、それに代わる何かは得られることなく日常の延長線上に3年後の僕がいたと思います。

 

 

ブログを始めた当初はどうしていいかわからず、「こうすればバズる!」とか「PV〇千人あつめる方法!」とか見ていました。たぶんそれが一般的な方法だと思って。

僕は会社勤めが嫌なので、ブログで飯が食えるなんてすげー。と思っていました。できることならあやかりたい。と正直思った。

 

でも僕が面白いと思うブログの多くは、そういう観点からとても遠くにいる人が多い。ただ楽しいからやってる人が多い。

僕も書き続けているうちに、なんか違うな。と思ってきた。

小遣い程度なら楽しみになるけど、大金が絡むととたんに物事は楽しくなくなる。そうなった時点でそれはもう、仕事だからね。

 

いわゆるプロの人は、そういう才能があるんだろうし、書かないだけで犠牲にしている部分もあるんじゃないかな。

ま、ともかく僕には遠い話だし、向いてないんだ。

 

僕の興味はだいたい、アクセス数に直結しないようなことばかりだし。

でも、それでいいや。興味がない事は書けないから。

 

 

写真の話

 

僕は昔、仕事のために写真を撮っていた時期がありました。

普通のものを綺麗に見せたり、実のない者をあるように見せていました。さして興味のない被写体を日が暮れるまで延々と撮りました。でも仕方ない。それは仕事だからです。

他人の要求にあう写真を撮るのは大変です。写真を撮らない人は、天気が良くてモデルが良くて、そこそこのカメラなら良い写真が撮れると思っています。

でもそれって違って、被写体との意思疎通や思い入れの有る無しで絶対写真は変わる。たぶん屁理屈に聞こえるだろうけど、僕は絶対にそう思う。撮る人ならわかると思う。

だから、それが無いぺらぺらの写真を撮って、もしそれが褒めらたりお金になったりしても僕は全然嬉しくない。防水加工されたみたいに、褒め言葉は心に入ってこない、弾いちゃう。疑念が、膨らむばかり。

 

だから僕は、ブログはそういう嘘や無理から遠ざけて、僕にとって自由な場所にしたいし、下手でも上手くても、写真を楽しく載せられる場所にしたい。

撮りたいから撮った写真を、載せたいから載せたい。

 

 

当然だけど、その場所に行かないとその場所の写真は撮れません。

という事は、機材を準備して、移動して、なんなら泊りがけで・・

こう考えると、写真は気力と体力のいる作業です。

気力と体力どちらかのバランスが崩れると動けなくなります。ストレスで気力が削がれたり、体力が低下すると撮れないわけです。

 

それと時間。多くの大人に自由な時間はありません。時には休む時間も必要です。僕は旅することも大好きなので、色んな所を見たり、食べたりしたい。だから、なおさら時間は無い。

 

行きたい場所が多すぎて、撮りたいものが多すぎて、調べたいものが多すぎて。

仕事なんか、してる時間は無いんだよ。

ぼくは社会に向かない人間ですが、なんとか皮を被って生活してきました。でも、本当の僕はふらふらしたがっているんだと思います。

そこに最近は色んな負担も加わって、我慢していた大量の思いが爆発して虚無感。みたいな感じでした。

「やりたい事が多すぎて、何にもやりたくなくなっちまった」

なんの曲か忘れましたけど、本当にそういう気持ちでした。

 

気力と体力、時間的余裕のどれかが崩れてる。つまり今のままだと、やり方だと、だめなんだなあと思います。今回それがわかっただけで、特にいい案は、思いつきませんが。 

 

 

やる気のなかった期間、1週間ほど出張していました。カメラは持っていきませんでした。撮りたくなかったから。

でも、飛ぶ鳥を見た時、おかしな虫を見かけた時、ふとした瞬間思う。

カメラが欲しい。やっぱりスマホじゃない。

例えば好きな人の外見が変わったり、お金がなくなったり病気になったりしたら嫌いになりますか。そうなるなら、たいして愛していないんでしょう。

カメラも、それと同じで、ちょっとしたことでは嫌いになれない。理由はわからないけど撮りたい。なぜかわからないけど好き。という不思議なものだと思います。

 

そういうわけで僕は写真を、カメラを嫌いになったわけじゃないんだとわかった。よかった。

これからずっと、ふとした瞬間、いまシャッターチャンスだ。と思って僕の目は生きていくんだと思います。

 

さあ、頭の中を整理するために長々書いて見ました。誰が読むんでしょう。でも、ブログってこういうものだと思います。

北海道弁でいうところの、どうしても「書かさる」もの、「撮らさる」もの。また他人が何を考えているか知りたいという「読まさる」もの。

僕にとってブログも写真も、それ以外のものではないです。