龍馬ぜよ。
どさんこカメラが道の駅つるぬま(浦臼町)に行ったぜよ。

なぜ龍馬が?ちなみにこれは男子トイレのついたてです。
(女子トイレは見返り美人風の絵)

これが道の駅つるぬま。
本当に道の駅なの・・・・?何とも言えないサビれ具合でしびれます。
サビれた道の駅の周囲には、道の駅よりきれいなテナントがたくさん出店しています。
もうどれが道の駅本体だかわかりません。

一番にぎわっていたのは天下の「神内ファーム21」のプレハブ。
神内ファームは高級?牛肉「あか」を売りにしている会社で、南国フルーツの栽培も手掛けていてます。
(追記)「神内ファーム21」は2025年9月をもって閉店しました。この記事が書かれた2015年当時の雰囲気をお楽しみください。(追記終わり)

これはチェリモヤなるフルーツ。別名「森のアイス」

おなじみドラゴンフルーツ。
道の駅の横にある、「浦臼ヘルシー食品物産館」。
何がヘルシーなんだ?

中はよくあるお土産屋さんなんですが、
ここにも龍馬が。

浦臼限定地酒「北の龍馬」
龍馬の顔が田舎のおっちゃんみたいになってるのが気になりますが・・。
そして店の隅にひっそりと龍馬の写真が。
なぜこんなところにたくさん?

しかもなんだかごちゃごちゃ書いてある。
どうやらこの浦臼町は坂本龍馬と関係が深いらしい。
よくよく読んでみると・・・・・
坂本龍馬は北海道、つまり当時の蝦夷地の開拓にも野心を燃やしていたらしい。
しかし竜馬暗殺によって計画はとん挫。
龍馬の死後、坂本一族は高知から北海道へ移住しました。
簡単にまとめると以下のような感じ。
龍馬の姉の子、坂本直は、龍馬の生前、龍馬とともに蝦夷地調査に携わっていたこともあり、その遺志を受け継ぎ函館の役人に就任します。
龍馬には跡継ぎがいなかったので、龍馬の死後正式に家督を継ぐこととなりました。
しかしキリスト教を信仰していた直は免職となり、高知に戻って弟の直寛のもとへ身を寄せ、高知で没します。
直の弟、直寛は兄の遺志を引き継ぎ、高知で移民団「北光社」を設立。北海道の北見に開拓に入ります。その後、この浦臼へ家族を連れ入植したのでした。
ちなみに前述の坂本直の妻と子供は直寛を頼って浦臼に住み、今もそのお墓が町内にあります。
直寛は熱心にキリスト教の布教に取り組み、キリストの再来とまで言われたそうで、人望があつかったようです。札幌で没。
昭和初期にはフランスで実業家として活躍していた坂本直道が龍馬家を継ぎ、浦臼町に本籍を移しています。
ちなみに。今や北海道一の菓子メーカー「六花亭」の包装紙のお花。
この絵を描いた画家・坂本直行も坂本一族の末裔です。
というわけで坂本龍馬の末裔たちは、龍馬の夢を追ったのか、北海道へ移住していたのです。
龍馬は生前こんな手紙も残しています。
「小弟ハエゾに渡らんとせし頃より、新国を開き候ハ積年の思ひ一世の思ひ出に候間、何卒一人でなりともやり付申べくと存居申候。」
簡単に訳すと、「北海道に渡って新国をつくることは長年の思いだから、たとえ一人でもやり遂げたいと思う。」
龍馬の妻おりょうはアイヌ語の勉強をしていたと言われていますから、龍馬の蝦夷地開拓は本気だったようです。
しかし、蝦夷地開拓に着手することなくこの世を去ります。
末裔たちはそれぞれ活躍しましたが
龍馬自身が北海道にどんな未来図を描いていたのか、今となってはもうわかりません。
思いがけないところで歴史の荒波を感じる。道の駅つるぬまでした。
