どさんこカメラ

北海道各地で撮った写真を掲載します。

北の歴史小説「静かな大地」を読んだ。

本屋でアイヌ模様の表紙が目に留まったので手に取ってみた。

静かな大地 (朝日文庫 い 38-5)

背表紙より「(中略)アイヌの人々の努力と敗退、栄華と没落をえがく壮大な叙事詩。」とな。

ああなんだ。またよくある感じのやつでしょう、と思って本を戻しかけたら、著者は池澤夏樹じゃないですか。池澤夏樹好きだったかもしれないなあ。ということで購入。

 

 

いわゆる、面白すぎてどんどん読み進む本では無いです。

夜ごと語られる昔話の様な、時々送られてくる手紙の様な、ぽつりぽつりと続いていく、長い長いお話。そんな小説です。

淡路島から北海道へ入植した一族の、明治4年から昭和13年までの67年間。

それを、語り部を変えながら物語は進みます。

それは時に父の昔話であり、母の回想であり、弟への手紙であり、妻の随筆であり、ただの漁夫の話でもあります。

北海道の歴史やアイヌについて少し学んだ人なら、これらの語り手の話が、ばらばらな事を話しているようで、実は北海道の歴史を包括的に掴んでいることがわかると思います。

開拓初期から昭和にかけての、北海道の歴史が上手く物語と繋がっている。

開拓、農学校、砂金にニシン漁。北海道開拓史に欠かせないキーワードが次々にパズルのように繋がり、物語になっていく。そういう気持ちよさがこの小説にはあります。

 

というのも、この小説は本やネットでちょろっと北海道の歴史を調べて書かれたのではありません。

著者の池澤夏樹さんは北海道出身で、この本は池澤さんの曾祖父をモデルにして書かれています。

曾祖父は、北海道の小説の舞台でもある静内(しずない)で開拓をしていたそうです。

池澤さんは実際に静内に行って調査と聞き取りを実施。そこで見つけた「静内町史」で曾祖父の写真も見つけたそうです。

ご本人は曾祖父の話を高校生の頃に聞いたそうで、作家になってからこれは書かないわけにはいかない、と思ったそう。

池澤さんにとってこの小説を書くことは自分の先祖の歴史を知ることでもありました。

そういった経緯もあり、この小説は血の通った肉付けをされたのです。

話に厚みが出るとは、まさにこういう本のことを言うんですね。

 

巻末には、小説上のフィクションと史実を合わせた年表もついています。一緒に読むと、物語と歴史と、どちらも本当のような気がする。

 

 

お話のあらすじ。

明治初期、淡路島から追いやられるように北海道へやってきた宗形家。

宗形三郎、志郎の兄弟は、アイヌの少年オシアンクルと出会い、心を通わせていきます。
やがて成長した兄の三郎は、アイヌに育てられた和人エカリアンと結婚。

三郎夫婦はアイヌたちと力をあわせ、宗形牧場の経営に乗り出します。しかし・・

 

・・この先は小説で。

エカリアンはアイヌに育てられた和人ですが、そういう事例は史実としてあったみたいです。北海道に入植したはいいけどやっていけなくて、子供を育てられない。でもアイヌなら育ててくれるだろう、という事で赤子をアイヌの家に置いていくんだそうです。

 

宗形兄弟はアイヌに対してまっさらな状態でオシアンクルに出会って仲良くなります。でも大人たちは違う。いつの時代も先入観を子供に植え付けるのは大人しかいないよなあ、と思いました。

 

以下、(読んだ人にだけわかるよう書いたつもりですが)ネタバレを含みます。

 

史実も織り交ぜて書くとハッピーエンドじゃ嘘になってしまうんで、この小説も史実よろしくバットエンドで終わります。ただ、アイヌと和人の関係が悪い結末で終わったわけではありません。これはまだ過渡期であり、「きたるべき未来」はまだ来ていないのです。

「きたるべき未来」というのは、熊の神が言った、「知恵ある和人とアイヌが手を取り合って踊る姿」がある未来です。

その未来が、「まだ来なかった」がために三郎は最期を迎えます。ただ、三郎はその結末を知っていながらも、先へ突き進むしかなかったように思います。

もう充分戦った、諦めてもよいと言う熊神に、三郎が「では、安心して私はこのまま進みましょう」と言ったのは、自分の死へと突き進んだのではなく、自分が生きている明治時代より、もっと先の時代にその未来を見たからなのかもしれません。

 

 

巻末には本文とは別に、お話が2話載っています。

「熊になった少年」

「今はなき大地を偲ぶ島梟の嘆きの歌」

これはアイヌ民謡風に池澤さんが創作した話。

この2話は、それぞれ3ページほどの短いお話です。しかし、このたった2話に、600ページに及ぶ本編の「言いたい事」が集約されています。

 

最後の短編を読んで、「静かな大地」という小説のタイトル、別の意味があるんじゃないか?と思い少し背筋が寒くなりました。

 

北海道ではイカ、サンマがだんだん獲れなくなってきています。
昔は捨てるほど獲れたニシンの大群も、今はもういなくなりました。

これらが意味することは一体・・・・。

 

与えられる以上に貪り、食物の魂を宙に迷わせる。その先には何が残るのでしょう。

 

 

 

 

静かな大地 (朝日文庫 い 38-5)

静かな大地 (朝日文庫 い 38-5)

 

というわけで、構想10年の歴史大作「静かな大地」

北海道開拓がどんな風に進んだのかもわかります。

アイヌを題材にした小説を探している人にも、お勧めしたい本です。