グーグルマップで観光地を探すと、北海道のほとんどの場所で湖がヒットする。
ほとんどの場所というと語弊があるので札幌以外と書いておこう。
しかし湖には、流行りのワクワクするものや、ステキなピカピカするものは無い。インスタ映えはあるかもしれないが、いってみるとだいたいスマホをかざす人の群れや頭しか見られない。
つまり湖は、湖畔の静けさや透き通る水の美しさ、そこに集まる愛らしい野鳥などの花鳥風月がわかる人間にしか価値がないのである。
では花鳥風月がわからない人はなぜ湖に向かうのだろう‥‥とか考えつつ、友人とふたり、行くあてがないので支笏湖に行った。
すごくきれいね。
湖の上には点々と何かが見える。
そうか、人はボートに乗りに湖に来るのだ!
湖面には水面に立つタイプのやつ。
湖に来ても特にやる事がない僕らは何かしらの水上アクティビティーに挑戦することにした。
価格表とにらめっこし、水面アクティビティーについて友人と相談。
「アメンボ」はさっき見た立ち乗りボートの事と思われる。あんな恐ろしい乗り物に乗る人の気が知れない。きっとアメリカあたりの人々が考えたアドレナリン重視で安全性が軽視された乗り物であろう。ということで見送られた。
ということは「スワンボート」になるがそれはどうなの?若い男女が乗るならいざ知らず、我々が乗っても倫理的に問題は無いのかという話になったが、ここで諦めてはせっかく来た意味がないこと、料金は30分2000円だが、一人当たり1000円と考えれば妥当な金額である、という二点から我々はスワンボートに乗る事を決定した。
のんきな顔が逆に不気味。
僕らにあてがわれたのはこのスワン1号。
しかしだんだんと風が強くなってきた。大丈夫なん‥
おっさんかお兄さんかよくわからない係の人が、
「あっちは風が強いからいっちゃダメですよ。戻ってこれなくなるから」
とさらりと恐ろしい事を言う。
ガッタガッタ揺れるスワン1号に苦心して乗り込み、僕らは側からみれば楽しそうに湖を出たのだが‥
風はどんどん強くなり、波は高くなっていく。
ペラペラのスワン君の船底に波がバチーン!と大きな音を立ててあたり、だんだんと僕の中で、これは危ないですよ‥という声が大きくなってきた。
一緒に乗った友人と僕のチキンレベルを比較すると、毎日昼休みにバスケコートを占領する体育会系高校生と、昼休みにやむを得ず体育館に行かなくてはならなくなった文系高校生くらいの差がある。それくらい僕は不安でいっぱいで逃げ出したい気持ちである。
1000円払ったのだから遠くに行きたい友人と、早く体育館を出て保健室に戻りたい僕の気持ちがぶつかった時、ハンドルの取り合いが起こった。
というか僕は無意識にハンドルを握っていたのである。
スワン君は大波に揺られ、大海に出た木の葉のようであった。波が高くなり顔にかかる。
「ハンドルを離しなさい!」と半ギレゆえの敬語の友人をよそに、僕は「帰ろう!」としか言わなくなっていた。ハンドルを握ったまま‥。
その間も友人がハンドルをどうのと言っていた気もするが、大波に揺られる僕は、「スワンボートで転覆事故」という明日のニュースサイトの見出しを想像して頭がいっぱいだった。きっと、「子供が乗るので心配です。安全対策は十分なのでしょうか?」という虚空に向けての質問や「そもそもなんでふたりで乗ってたんだ?」という暗になにかを批判するコメントがつくに決まっていて、人の気持ちも知らないで勝手な事言うなよと既にあの世からこの世を憂う目線で怨みを募らせていたらハンドルを奪われたのであった。
向こうで係りの人が、「おーい、そっちいっちゃだめだよー!」と言っている。
運転不能になり波の高い場所に行ってしまった我々のスワン君は、今にも船体に波が入りそうである。
スワン君が何キロかわからないが、この重さの船に波が入ってしまったら転覆するのは数秒、そしてあのおっさんかお兄さんかわからない人が、異常を検知するやいなやジャンパーを脱ぎ捨て、逞しいクロールで救助しにくる可能性はほぼゼロと思われる。
僕は大人しく操縦権を友人に渡し、「もう戻る」をうわごとのように繰り返しながら、必死にスワン君のペダルを漕いだ。
桟橋に着くまでとても長く感じたが、乗っていたのはわずか5分だった‥
料金換算すると1分あたり33.3円、5分で約167円、つまり1人あたり約833円分はスワン君に寄付した事になる。
なるほどうまい商売だね、なんて強がって言ってみるが、友人の目は冷ややかであった。
とにかく僕は二度とスワンボートに乗らない。
あれは可愛い顔をしてこわい乗り物だ。
ちなみに支笏湖は風が強く、過去に事故も起きたそうだ。
近くにネイチャーセンター的な施設があるが、あまりにたくさん漕いだので太ももがぷるぷるしてとても観れる気分ではなかった。
震える僕の太ももを感知したのかヘビたちがにょろにょろと出てきた。
周辺にはなぜかレコードが流れていたり、トウキビやソフトクリームが愉快な椅子になっていたり、激しく尖る赤い花があったりと、湖よりよっぽど楽しげであった。
僕はジェットコースターやダイビングでも周囲が引くほど怖がった前科があるので、僕と交友関係のある人は刺激的な体験に対して6掛けくらいで迷惑を見積もって欲しいと思っている。
そのかわり安全が手に入るかもしれない。