その日の北海道は異常な寒さで、札幌の1500メートル上空にはマイナス24度の冷気が流れ込むんだとニュースで言っていた。
仕事を終えて会社を出るころには22時をまわっていて、外に出てると肺まで凍り付くような空気が流れ込んできた。
寒いから晩飯はラーメンかおでんが良いなあと思いながら歩いていると「ぎゃぎゃぎゃーん」というおかしな音が耳をつんざいた。
前方を見ると会社の営業車がぎゃぎゃぎゃーんとタイヤを空回りさせていた。
乗っているのは同輩のT岡女史である。
T岡は会社の駐車場で雪にはまってしまったのだ。この日は寒いだけでなく、朝から晩までもさもさと雪が降っていた。その雪にT岡は営業車ごとはまってしまったのだ。
「出られないの?」
「スタックした。むりっぽい」
スタックって何だろうと思いつつ、雪に埋まった経験のない僕は車を押せば何とかなるだろうと思っていた。
しかし押せども押せども、タイヤがぎゃぎゃぎゃーんという悲し気な音を立てるだけで、車はいっこうに動こうとしない。
「明日の朝9時に、この車、黒腹(仮名)が使うんだよ。」
彼女のその言葉に僕は戦慄した。黒腹は僕らの上司である。サイコパス、冷血、外道・・・これらは彼の性格を形容する言葉である。
もし明日の9時までに車を戻さなければ、僕らの命はないだろう。
T岡を置いて帰っちゃおうかなと思っていた僕は焦った。車を出さなければやられる‥‥!
とにかくスコップでタイヤの周りを堀りに掘った。しかし車は出ない。
30分、1時間・・・・・車は出ない。時刻は深夜0時になろうとしていた。
どうやらタイヤではなく車の腹がつかえていると見た僕らは、地面に這いつくばって車の下の雪を掘った。
するとちょっぴり車体が傾いてきたではないか。
「後ろから押すからゆっくりアクセル踏んでみてよ」と僕。
T岡が慎重にアクセルを踏むとぎゃぎゃぎゃ‥‥と言いながら、わずかにタイヤが前進した、間髪入れずに渾身の力で車を押すと、水を得た魚のようにひゅひゅんと車は前進したのである。
やったー!と僕らは思わずハイタッチした。
腹も減ったし眠い。やっと家に帰れる。
T岡は再び駐車場に車を停めようとしている。
それを見守る僕。
ずぼ
僕は、車の後輪の下で雪が崩れるのを目にした。
いやきっと何かの見間違いだ・・・・
「車・・、動くよね?」
「うまっちゃった・・・」
神は再び僕らに試練を与えたのである。