「めちゃめちゃデカいパンをもらったので来てください」
というメッセージが友人から届いたのは、ある春の日だった。
話を聞くと、疫病も収束したという事で親戚達が久しぶりに集まり、その中の一人が「うちは何もない田舎だから、こんなものしかなくて・・・」と手土産にそのパンをくれたらしい。
ようするに大きすぎるパンをもらって食べきれないから手伝って欲しいという事だろう。
僕は全長2mくらいの超ロングな食パンや、顔の2倍サイズの超ビックなメロンパンを想像しながら友人宅に向かった。
「顔の2倍サイズのメロンパンはありがちだな・・・」そう呟きながら外に出ると、春というよりもう暑いくらいの日差しであった。
最近の季節は春のうららかさを忘れたのだろうか?
友人宅に着くとテーブルにこのような小包み、いや大きな包みがあった。
もしかしてこれがパンですか・・・?
包みを覗くとパンである。
やはりこれはパンであるぞ!!
おわっ
ラップのサイズから大きさを拝察願います
これは・・・
普通にファミリーサイズなのではないだろうか。
少なく見積もっても「よく食べる4人分」の大きさだ。これを一人暮らしに持たせるとは、友人はさぞひもじい顔だったに違いない(実際そうかもしれない)。
「このまま置いておけないね」ということで、一食分にカットして持ち帰ることにした。
生地は食パンっぽいような、ソフトな感じである。
中にドライフルーツが何かが入っていて、スパイスのような香りがする。
パンについていた栞の物語によると、『料理自慢のマリラおばさんが手間暇かけて作ったパンで、焼きあがるころにアンとダイアナがこそっとやってくる』そうである。
誰やねん。
「ああ、昔カナディアンワールドっていうテーマパークがあったんですけど、当時それに乗っかってできたパンらしいんですよね」
そう友人が言ったので合点がいった。
カナディアンワールドというのは、北海道芦別市にかつて(1990年~1997年)存在したテーマパークである。
カナダの作家L・M・モンゴメリの「赤毛のアン」という長編小説の舞台を再現した施設だったのだが、巨額の赤字を抱えて閉園してしまった。
さきほどの栞に登場した、マリラおばさん、ダイアナ、アンというのは、カナディアンワールドが再現しようとした小説「赤毛のアン」の登場人物だったのだ。
赤毛のアンは高畑勲監督の「世界名作劇場」でも放映されていたことがあるし、ドラマ化もされているのでなんとなく小説を知っている方も多いかもしれない。
さてこの巨大なパンは、旭川に本社を置く「壺屋」というメーカーが発売している。
主力商品として「き花」や、創業間もなく発売された「壺もなか」などがある。
カナディアンワールドがあった芦別市に壺屋の支店があり、このパンはそこで購入したらしい。
つまりこのパンは、カナディアンワールドがまだ全盛期だった90年代、このテーマパークをイメージした商品を作ろうと壺屋が開発し、当のカナディアンワールドは潰れてしまったがパンだけは生き残ったというわけだ。
旭川に本社を置く会社が、わざわざ芦別支店のためだけに商品開発したというあたりが、当時の盛り上がりを感じさせる。
「まあでも、カナディアンワールドって行ったことないんですけどね」と友人。
年齢的に考えてそうだろう。友人は僕より5つ年下だ。
僕は「そうだろうね、でもグリュック王国なら子供のころ行ったことあるよ。ドイツ製のシャボン玉を買ってもらった記憶がある」というと、
「え?グリュック王国ってなんですか?なんでドイツなんです?」
という答えが返ってきた。
北海道は広いな・・・そう思いながら友人宅を後にしたのだった。
カナディアンブレッド、実食
翌日、巨大だったパンを食べてみた。
3日間日持ちするが、固くなったら焼いて食べよという指示があったのでフライパンで軽くトーストする。
スパイスのような、フルーツのような複雑な香りがふわっとする。
・・・・・・
うまい!!
うまいじゃないか・・・でもなんとも表現しがたい味。
原材料を見ると、レーズン、オレンジピール、ナッツ。ふむふむ。
そして牛ひき肉??
ミンスミートという、肉をドライフルーツと酒で漬け込んだものを使用しているらしい。
マーガリンとショートニングが個人的には気になるものの、普通のパンにはない味わいにぺろりと食べてしまった。
思わず僕は最寄りのスーパーにテナントとして入っている「壺屋」に駆け込むが、
大きいパンこと「カナディアンブレッド」の姿はない・・・
「あのパン、壺屋で探したけどなかったよ。こんど親戚の人にどこで買ったか聞いてよ」
と我ながらがめついメッセージを友人に送ると、友人はすでに親戚に問い合わせをしていた。どうやら彼もあのパンが気に入ったらしい。
それによると、あのパンは壺屋の芦別店限定販売なのだ。しかも予約が必要とのことだった・・・。
しばらく食べられそうにないが、友人はこのパンのおかげてそれまで苦手だった「シュトーレン」が急に食べられるようになったそうだ。確かに系統は似ている。
人間の味覚は不思議なものだ。
カナディアンワールドとは何なのか
食べられないとわかると食べたくなるもので、「マリラおばさんが焼いてくんねえかな・・・」などと思いながら仕方ないのでカナディアンワールドについて調べてみた。
閉園後の動画が多いが、現役だった時代の珍しい映像があった↓
なるほど、小説の舞台を徹底的に再現しようとしたのだろう。
いわゆる、「売れる」タイプのテーマパークではない。
アメリカのネズミや配管工のおじさんなどを使わないと収益がとれない現代において、海外の文学小説をテーマにしたテーマパークに52億円を投じるなど、金があった時代だったからできるともいえる。しかし、収益性に多少目をつぶってもなんかこんなの作りたいな~で巨額の資金がうごいたバブルの時代が、少しうらやましくも思える。いや、かなりうらやましい。
本国カナダの「アンの家」が火災で焼失した際は、カナディアンワールドのレプリカの「アンの家」の設計図を芦別市が提供したという逸話もある。
文学を舞台にしたテーマパーク、知的じゃないですか。
騒がしいテーマパークよりカナダの離島に来た気分になれるテーマパークなんて、癒されそうじゃないですか。なんだか、なくなってしまったのがもったいない気がする。
しかし市民を中心に、今では公園として存続しているとのこと。
以下に簡単にまとめる。
1990年~1997年
テーマパークとして運営。
巨額の負債を抱えて閉園する
運営会社が経営破綻。
1999年~2019年
市営の無料公園となる。
無料化後も維持管理に1億円ほどかかるうえに、施設の老朽化に歯止めかからず。
市営公園としても運営が終了する。
2020年〜現在
市から無償で借りる形で、市民グループによる管理が始まる。
電気代等100万円近くはクラファンで集める。市民と協力者が建物の補修を行う。
バブル期に北海道に作られたテーマパークの多くが廃墟となる中、市民に愛される形でカナディアンワールドは残っている。
巨額の負債を抱え、市民グループとクラウドファンディングで細々と命をつなぐ、とても珍しい例であると思う。
さいわい、今年の夏期は土日市祝日限定でオープンするとのことだ。
当時と違い、ただの公園になっているには違いないが、市民がそこまでして残していこうとする施設に少し興味がわいた。
カナディアンワールドもグリュック王国も知らない友人を誘って、一緒にカナディアンワールドに行くのも悪くないなと思った。