今年の夏は本当にどこにも出かけませんでした。
外は怖い。
暑い部屋の中で朦朧としながら眺めるスマホから流れる暗いニュース。
8月のある日、親戚から、
「お盆はどうせお前、ヒマだべ。ちょっとこっちに手伝いにおいでよ。」
という電話があり、やむなく外へ出たのでした。うわ空が青い。
しばらく走るとだんだん視界が開けて来て、建物はどんどん少なくなっていて、
「おー山だ!久しぶりに山を見た!」とかはしゃいで何の変哲もない山を撮るなど。
お手伝という名の無償労働で、炎天下で何時間も作業をして、久しぶりに汗だくになりました。
僕はクタクタで帰りたかったのですが、お手伝いのお礼に漁港に連れていってくれるそうです。
小平町にある「臼谷漁港」というところ。
ここは漁師さんの直売所が並ぶ場所で、水揚げされたタコやホタテが売られています。観光客が新鮮な海産物を求めて賑わうのですが、今年はちょっと人も少なめ。
親戚によるとおいしい茹でタコが手に入るそうで。
ふだん見ないカモメが飛んでたり、潮のにおいがしたり、港は楽しい。
カモメはカラスよりも大きい。
直売所の軒先には海産物がぶらぶらぶら下がって、店頭の箱には生きた貝がたくさん入っています。
その中の一軒に入ってみました。
「あの、タコがほしいんですけど」
お店の小柄なおばちゃんは、おばちゃんだかおじちゃんだかわからない風貌で、もじゃもじゃの白髪の下から鋭い眼光をのぞかせて、
「タコ?タコの足がほしいのか」
「はい、足が欲しいです」
「こんな遅い時間に来たってもうないよ!タコ喰いたいならもっと早い時間にくるもんだよ!」
おお。最近では見なくなった接客スタイルに、僕は少したじろいでしまいました。
ここでは、決定権は売り手にあるのです。
タコ、食べたかったな・・
そう思って立ち去ろうとすると、おばちゃんが
「あんた何人できたの!ひとりか!!」
「いえ、ふたりです」
「ああそうかい」
というとおばちゃんは立ち上がり、ちかくのタコをむんずとつかむと年季の入った木のまな板の上で、これまた年季の入った出刃包丁でもってぶつぶつに切りはじめるのでした。
よくわからないで見ていると、トレーに刻んだタコを入れ、しょうゆをぶっかけて僕に渡してきます。
「??え、いいんですか?」
「(返事は無い)もう今日の分は無いから、買うなら細いのしかないよ。」
「細いのでいいんです、ありがとうございます」
そうして細い茹でタコと、刻んだタコを手に入れました。刻んだタコはよく見るとワサビまでつけてくれて、そして串も2本入れてくれている‥。おばあちゃんは厳しいのか優しいのかよくわかりません。
帰りがけに都会風の別のお客さんが来て、こう言いました。
「やあ、おばちゃんひさしぶり、変わってないねえ」
「は??変わってないって何が変わってないのさ」
あんたに私の何がわかるっていうの、といった顔で客に一瞥を投げると、おばちゃんは店の奥へと消えていくのでした。
僕は店と客との妙な馴れ合いみたいのが気持ち悪いと思ってしまうたちなので、言葉と態度を何にも包まないおばちゃんの態度が清々しいと思いました。いたたまれない顔のお客さんをみて、僕は少し笑ってしまう。
港にはリフトが行き交い、とてもいい風景だったのですが写真を撮ると方々に迷惑がかかる可能性がある感じ(本当に面倒な世の中になったと思う)だったので写真はないのだけど、漁師のお兄さん方は僕ら観光客に向けての眼光鋭く、「なめるなよ」という心の声が聞こえてきたり。
夏の間自分は死んでるんじゃないかと訝る日々が続いていたのですが、そんなタコのおばちゃんや漁師のお兄さんを見て、なんだか妙に生きている感じがしました。