北海道が舞台の小説、三島由紀夫「夏子の冒険」をご紹介。
三島由紀夫といえばどんな作品を思いつくでしょうか。
同性愛の葛藤「仮面の告白」、鬱屈した少年の「金閣寺」なんかがおなじみですね。
主人公が孤独、異端であるがゆえの葛藤を描いた小説が多いです。
三島自身、切腹自殺をするという波乱の人生を送っています。
そんなイメージとはちょっと違う魅力を持つのがこの小説「夏子の冒険」です。
主人公は松浦夏子、二十歳のお嬢様。
良家で育ったお嬢様が東京を飛び出し、北海道へヒグマ狩りに行ってしまう。という大冒険譚。それがこのお話です。
夏子はこんなこ。
夏子は大学在学中も引く手あまた、受けたプロポーズは数知れずという男子のあこがれの的ですが、実際はどの男のことも本気で愛していません。
半分恋人のように付き合い、半ば軽蔑し・・という具合で相手のことを真剣に愛していないのです。
これには夏子なりの理由があって、言い寄って来る男たちの中に
情熱を宿している男が一人もいないから。
出世欲を持つ男、モテるために「芸術」という言葉を汎用する男、ペラペラの虚栄心の金持ち男・・。男たちのそんな「情熱の欠如」を感じたとたん、夏子の気持ちは退屈で、つまらなくなってしまいます。
この時代は、多くの女性にとって夫の将来が自分の将来でありました。
夏子はこれらの退屈な男たちと一緒になれば、いずれ自分の「人生の袋小路」が待っていることを知っているのです。つまらない男の人生はつまらない。
おそらく当時は、多くの女性が「こんな男はつまらない」と思って口には出さなかったこと、できなかったことを、夏子は代弁しているようにも思います。
それに嫌味が無く、むしろわがままでかわいらしく見えるのは三島由紀夫の筆の素晴らしさといえるでしょう。
夏子は頑固な性格で、自分で宣言したことは何があっても譲りません。
7歳「もう ほうれん草を食べない」宣言
15歳「赤い洋服もう一生着ない」宣言
そしてついに、二十歳「あたくし修道院へ入る」という宣言をしたのです。
つまらない男たちから想像される平凡、退屈な自分の未来に辟易し、
それならいっそ俗世を離れようというのです。
情熱を宿す男。
夏子は母達と東京から北海道へ、函館の修道院を目指します。
その道中、同じく北海道へ向かう青年、毅と出会います。
函館のトラピスチヌ修道院
毅は恋人をヒグマに殺され、その復讐のために北海道へやってきたのです。
ヒグマに殺された恋人の復讐。毅の瞳の奥にある激しい怒り。
これこそ夏子の求めていた「情熱」だったのです。
毅の熊狩りに同行することは、夏子自身の情熱を追いかけること。
そしてお得意の宣言をします。
「ねえ、あたくしもつれていって」
ここからはドタバタあり、コメディーありの珍道中。
ヒグマを追う毅、毅を追いかける夏子、夏子を追う夏子の母たち。という奇妙な追いかけっこで物語は進行していきます。
夏子の変化
それまで夏子は恋というものを知りませんでした。
周りからはモテるけれど、自分から愛したことは無かったからです。自分から追いかける苦しさや、辛さは知りませんでした。恋をしないという事は、自分は傷つかないので、いわば完全無欠の状態です。
だから物語の前半では夏子は勝ち気で行動的。自信に満ちた行動がぶれることはありません。
そんな夏子が毅との出会いで恋を知ります。そして恋のライバルともいえる農場の娘、不二子の登場で、自分が完璧ではないこと、出来ないことがあることを知っていきます。他人を好きになることで、「自分に欠けている何か」を認識するのです。
さて、物語の後半、毅の恋人を殺した憎き宿敵「四本指の巨大ヒグマ」がアイヌコタンに現れます。
アイヌコタンはこんな感じ。
毅はヒグマを仕留めることができるのか、二人の行方や如何に。
夏子の冒険も終わってしまうのでしょうか・・。
夏子は、恋するかわいい女の子では終わらないことだけを書いておきます。
彼女は読者を裏切りませんよ。